加藤楸邨
ながきながき春暁の貨車なつかしき
金魚売露地深く来て汗拭ふ
端居して何かを思ひ出さざる
外套に銭あり握りては離す
昼寝覚金魚の貌が通り過ぎ
石をもて石に抛つ夜寒星
朝焼や畳の端を蟻の列
炭つぐや誰れも黙りてその手見る
吹きあがる落葉かかる夜笑はずや
春旱車輪空まはる美しや
梅雨の夜の蟻卓に来て背を曲ぐる
木の葉髪頬ひねりなど老詩人
寒の街ある日人より馬多き
煤煙つと走りとどまり寒の街
冬枯や日日見つつなほ冬枯れぬ
女ども銀狐高値の静謐あり
しづかなる黒松根瘤据ゑて寒
没日寒草田男の胸釦はづれ
我が名楸邨汗の沈黙に呟かる
夏痩せてありや浴衣の脛を抱き