和歌と俳句

加藤楸邨

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つぶやきかあらずしたたる雪解水

暗き火の奥も火が見ゆ天の川

蟋蟀にかへり良寛づかれかな

喉の奥は女の暗か野分して

冬萌や石中の声千余年

年越すとここまで生きて蜘蛛ひとつ

わが夜明滴るごとし年越すと

元日のわが素手よ今年また頼む

元日の素足は遠きものを感ず

めつむるまで初日見ざらんわが臍よ

今日だけは初日を浴びよ足の裏

元日の袖にひかりぬ肘ゑくぼ

空襲下火となりし独楽忘れえず

薔薇に影妻と知世子は別ものか

ねこじやらしふところにある未来かな

牡丹雪海に消えてはとどろくも

寒の石いつさい黙して死ねといふ

朧夜の我を出でゆく何ならむ

青あらし生あるものは皆揉まれ

叱らるる細目あけをり合歓の花

くくと啼く鵜を人間の手が掴み

つやつやと鵜の背鮎の背さびしけれ

火の目して は首綱の二十年

老いて鵜は滴るもののなかりけり

嶺に忘れし一つ葉はもう帰り来ず