和歌と俳句

加藤楸邨

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海底に蟹あるく道天の川

身の音のほかはひぐれのいしたたき

霧過ぎて重たさうなる蜂あるく

寝て覚めて風のまぎれの四十雀

雨に消ゆたぎの河内の下り鮎

疲れゐて雨の紅茸傘で刺す

かけすきてかうべ啄ばむ屋敷神

なるかならぬか柚子は今年も寂寞と

いが栗に手のひら触れて月の前

肥後椿移さんとして咲かれけり

佐保川よ流れたまりし冬菜屑

指の反りさむくかなしげ伎芸天

冬の日や塔見えてくる火炎上

すさまじき師走の冷えや邪鬼の眼

鑑真の冬松風は怒濤にて

内の寒仏の寒が身に響き

雪来むと阿吽の吽は臍力

しぐるるか玉虫の逗子くらくなる

百済観音右手の撓ひに氷置け

夢のままこの世のさむさ揺曳す

飛ぶときの尾の斑しぐれて斑鳩か

妻が負ふ淋しき顔の風邪の神

咳ひとつ壺のくらがり駈けめぐり

たくあんの波利と音して梅ひらく

吹越に大きな耳の兎かな