和歌と俳句

砧 きぬた

一葉
南にも北にもつちのおとたててきそひがほなるさよ砧かな

一葉
大かたの夜寒知られてから衣うつ音すなり北に南に

一葉
我ばかりねられぬ夜半とおもひしに隣の宿も衣うつなり

一葉
いで我も打いそがばや隣には今宵きぬたの音ぞきこゆる

一葉
初かりも折からなきてから衣月にうつ夜の音のさやけさ

子規
秋風の 吹けば砧の 聲すなり 薄にくるる 原の一つ家

二軒家は二軒とも打つ砧哉 子規

一つ家に泣聲まじる砧哉 子規

砧うつ隣に寒きたびね哉 子規

星ちるや多摩の里人砧打つ 子規

ふんどしになる白布を砧哉 子規

砧打てばほろほろと星のこぼれける 子規

玉川や夜毎の月に砧打つ 子規

説教にいかでやもめの砧かな 子規

打ちやみつ打ちつ砧に恨あり 子規

砧うつ真夜中頃に句を得たり 漱石

月の雲しどろの砧打ちも止めず 虚子

星落つる籬の中や砧うつ 虚子

蝕める機もあり古き砧かな 碧梧桐

あらはなる昼の砧に恋もなし 虚子

いとはるる身を打更けし砧かな 万太郎

提灯を稲城にかけしきぬたかな 蛇笏

砧一つ小夜中山の月夜かな 蛇笏

峯越衆に火貸すなかばも打つ砧 石鼎

四大門の一つ毀たれ砧かな 橙黄子

うきことを身一つに泣く砧かな 淡路女

雲飛んで砧せはしき夜となりぬ 龍之介

昼砧雨の中行く馬上かな 橙黄子

晴山に高々と昼砧かな 橙黄子

熟柿もつ乳児見つつ打つ砧かな 石鼎

廊下行く手燭に風や砧聞く 虚子

うちまぜて遠音かちたる砧かな 蛇笏

大木に響きて淋し藁碪 月二郎

ほとほとと砧たたけば愁湧く 草城

後れ毛をふるはせて打つ砧かな 草城

縁遠き姉妹二挺砧かな 草城

門前のやまびこかへす碪かな 蛇笏

見えてゐて砧の槌のあがりけり 青畝

ふたたびの槌あがりをる砧かな 青畝

古都に聞く砧や秋思こまやかに 野風呂

高砧更けゆく月にとぎれなし 野風呂

老の手にしつかりとうつ碪かな 淡路女

草の戸やいみじう古き砧盤 淡路女

ぶら下る今は使はぬ砧かな 青邨

藁砧とんとんと鳴りこつこつと素十

星隕つる多摩の里人砧打つ 虚子