和歌と俳句

河東碧梧桐

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句を作る夜長に妻等縫ひにけん

蕎麦うつや月彷彿と靄の中

里にかけし板木の下や秋の水

関跡に地蔵据ゑけりの秋

北よそと吹けば有磯の荒るゝ

燕去んで蘆葦雁影に静かなる

渋鮎や石拾ひしに出水して

舟遊ぶ飛騨古川や夕蜻蛉

稲妻や芝滑らかに牧場雨

夜を寒み伽すれば乞ふに読む書あり

雲霧山を奪へば山鬼火を呪ふ

灰降りし雪掻きぬ小草秋萌えて

山咎めせし膝皿や露しとゞ

悲しみを泣きに出づ絃声も夜長かな

飛騨人の天領顔や飛ぶ蜻蛉

の村城遠巻の藪も見ゆ

山房の夕露や楡の沙明り

稲架立てしに雪早し猪威し銃

岬めぐりして知るや鳥の渡り筋

旅に裁つ衣に妻女と夜長かな

露晴るゝ松毎に又波毎に

柳散るや馬と異なる牛の痩

諏訪の水ハタと落ちたり秋立つ

秋霖雨鉱滓何を彩りて

牽き晴るゝ闘牛や栗を干す里に

城石垣一片移す庭芙蓉

門祓ひ疫絶えし後の秋の空

燕去んで部屋部屋ともす夜となり

竿昆布に秋夕浪のしぶきかな

銀真白牛売りし夜の野分して

燭足りし頃を御堂の野分き初む

江差までの追手こそ峰蹴上げ

洪水の跡岩立ちの紅葉遅うしぬ

豆を干す蕎麦を干す赤子よろよろと

退学の夜の袂にしたる栗

赤土よごれ墓おほけなく

本堂よりまはりて参る墓

父の墓の前そろへる兄弟

釣れそめし沙魚我が二竿よ

雀が鶏頭につかまつてとびのこされ

屋根が反つてゐる窮屈な銀杏

芭蕉の葉を折つた子供を捕へてゐたり

枝豆を買う毎朝の山なぞへ見る

一天の稲妻の強雨の明かり

子規居士母堂が屋根の剥げたのを指さし日が漏れ

椎の実沢山拾うて来た息をはづませ

動物園にも連れて行く日なく夕空あきつ

二人が一人づゝになつて遊ぶ梨がころげ

芙蓉見て立つうしろ灯るや

我に近く遊んでゐた子よカンナに立ち交り