和歌と俳句

夏目漱石

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船出ると罵る声す深き

南九州に入つて 既に熟す

影ふたつうつる夜あらん星の井戸

樽柿の渋き昔を忘るるな

渋柿やあかの他人であるからは

萩に伏し薄に乱れ故里は

秋風や棚に上げたる古かばん

明月や無筆なれども酒は呑む

明月や御楽に御座る殿御達

真夜中は淋しかろうに御月様

明月に今年も旅で逢ひ申す

秋の暮一人旅とて嫌はるる

これ見よと云はぬ許りにが出る

月に行く漱石妻を忘れたり

長き夜を平気な人と合宿す

月さして風呂場へ出たり平家蟹

某は案山子にて候雀どの

鶏頭の陽気に秋を観ずらん

豆柿の小くとも数で勝つ気よな

北側を稲妻焼くや黒き雲

余念なくぶらさがるなり烏瓜

ある時は新酒に酔て悔多き

菊の頃なれば帰りの急がれて

晴明の頭の上や星の恋

竿になれ鉤になれ此処へおろせ

小き馬車に積み込まれけり稲の花

夕暮の秋海棠に蝶うとし

砧うつ真夜中頃に句を得たり

踊りけり拍子をとりて月ながら

ものいはぬ案山子に鳥の近寄らず

病む頃を雁来紅に雨多し

寺借りて二十日になりぬ鶏頭花

早稲晩稲花なら見せう萩紫苑

生垣の丈かり揃へ晴るる秋

秋寒し此頃あるる海の色

菅公に梅さかざれば蘭の花

朝顔や手拭懸に這ひ上る

能もなき渋柿どもや門の内

立枯の唐黍鳴つて物憂かり

蝶来りしほらしき名の江戸菊

塩焼や鮎に渋びたる好みあり

一株の動くや鉢の中

病妻の閨に灯ともし暮るる秋

かしこまりて憐れや秋の膝頭

長き夜や土瓶をしたむ台所

病むからに行燈の華の夜を長み

白封に訃音と書いて漸寒し

憂あり新酒の酔に托すべく

苫もりて夢こそ覚むれの声

秋の日のつれなく見えし別かな