和歌と俳句

夏目漱石

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土佐で見ば猶近からん秋の山

帰燕いづくにか帰る草茫々

わがやどの熟したり鳥来たり

掛稲やしぶがき垂るる門構

疾く帰れ母一人ますの庵

秋の雲只むらむらと別れ哉

見つつ行け旅に病むとも秋の不二

この夕野分に向て分れけり

飲む事一斗白菊折つて舞はん哉

憂ひあらば此酒に酔へ菊の主

黄菊白菊酒中の天地貧ならず

簫吹くは大納言なり月の宴

紅葉をば禁裏へ参る琵琶法師

麓にも秋立ちにけり滝の音

うそ寒や灯火ゆるぐ滝の音

宿かりて宮司が庭の紅葉かな

見ゆる限り月の下なり海と山

売るや隣の家は紙を漉く

蘆の花夫より川は曲りけり

日の入や秋風遠く鳴て来る

はらはらとせう事なしに萩の

蜻蛉や杭を離るる事二寸

轡虫すはやと絶ぬ笛の音

谷深し出る時秋の空小し

鶏頭に太鼓敲くや本門寺

朝寒の鳥居をくぐる一人哉

稲刈りてあないたはしの案山子かも

誰が家ぞ白菊ばかり乱るるは

渋柿のしたに稲こく夫婦かな

茸狩や鳥居の赤き小松山

秋風や坂を上れば山見ゆる

花芒小便すれば馬逸す

山四方ちらほらの小村哉

二三本竹の中なり櫨紅葉

秋の山静かに雲の通りけり

谷川の左右に細き刈田哉

瀬の音や渋鮎淵を出で兼る

鶏鳴くや小村小村の秋の雨

新酒売る家ありて茸の名所哉

秋雨に行燈暗き山家かな

客人を書院に寐かす夜寒

乱菊の宿わびしくも小雨ふる

木枕の堅きに我は夜寒

秋雨に明日思はるる旅寐哉

山の雨案内の恨む紅葉かな

朝寒や雲消て行く少しづつ

絶壁や紅葉するべき蔦もなし

山鳴るや瀑とうとうと秋の風

満山の雨を落すや秋の滝

白滝や黒き岩間の蔦紅葉