和歌と俳句

夏目漱石

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行燈にいろはかきけりの旅

親を待つ子のしたくなきの旅

秋さびて霜に落けり一つ

柿の葉や一つ一つに月の影

朝貌に好かれそうなる竹垣根

秋風と共に生えしか初白髪

朝貌や咲た許りの命哉

こうろげの飛ぶや木魚の声の下

通夜僧の経の絶間やきりぎりす

今日よりは誰に見立ん秋の月

将軍の古塚あれて草の花

鐘つけば銀杏ちるなり建長寺

白露や芙蓉したたる音すなり

長き夜を唯蝋燭の流れけり

馬に二人 をいでたり鈴のおと

泥亀のながれ出でたり落し水

秋の蝉死に度くもなき声音かな

柳ちるかたかは町や水のおと

風ふけば糸瓜をなぐるふくべ

爺と婆さびしき秋の彼岸かな

稲妻やをりをり見ゆる滝の底

親一人子一人 のあはれなり

蓑虫のなくや長夜のあけかねて

便船や夜を行くのあとや先

蘭の香や門を出づれば日の御旗

朝貌や垣根に捨てし黍のから

柳ちる紺屋の門の小川から

見上ぐれば屹として秋の空

烏瓜塀に売家の札はりたり

縄簾裏をのぞけば木槿かな

崖下に紫苑咲きけり石の間

独りわびて僧何占ふ秋の暮

痩馬の尻こそはゆし秋の蠅

鶏頭や秋田漠々家二三

秋の山南を向いて寺二つ

汽車去つて稲の波うつ畑かな

鶏頭の黄色は淋し常楽寺

杉木立中に古りたり秋の寺

尼二人梶の七葉に何を書く

聯古りて山門閉ぢぬ芋の蔓

渋柿や寺の後の芋畠

肌寒や羅漢思ひ思ひに坐す

秋の空名もなき山の愈高し

曼珠沙花門前の秋風紅一点

黄檗の僧今やなし千秋寺

三方は竹緑なり秋の水

藪影や魚も動かず秋の水

山四方中を十里の稲莚

一里行けば一里吹くなり稲の風

大藪や数を尽して蜻蛉とぶ