和歌と俳句

夏目漱石

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温泉の村に弘法様の花火かな

別るるや夢一筋の天の川

秋風や唐紅の咽喉仏

秋晴に病間あるや髭を剃る

秋の空浅黄に澄めり杉に斧

衰に夜寒逼るや雨の音

秋風やひびの入りたる胃の袋

立秋の紺落ち付くや伊予絣

骨立を吹けば疾む身に野分かな

蜻蛉の夢や幾度杭の先

取り留むる命も細き かな

仏より痩せて哀れや曼珠沙華

月を亘るわがいたつきや旅に菊

生き返るわれ嬉しさよの秋

生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉

鶴の影穂蓼に長き入日かな

ともし置いて室明き夜の長かな

力なや痩せたる吾に秋の粥

頼家の昔もさぞや栗の味

天の河消ゆるか夢の覚束な

裏座敷林に近き百舌の声

雲を洩る日ざしも薄き一葉

鶺鴒や小松の枝に白き糞

寐てゐれば粟に の興もなく

冷やかな瓦を鳥の遠近す

冷かや人寐静まり水の音

鳥つついて半うつろのあけび

いたつきも久しくなりぬ柚は黄に

骨許りになりて案山子の浮世かな

病んで来り病んで去る吾に案山子

藪陰や濡れて立つ鳥蕎麦の花

熟し人癒えて去るや温泉の村

柿紅葉せり纏はる蔦の青き哉

就中竹緑也秋の村

数ふべく大きな芋の葉なりけり

新らしき命に秋の古きかな

逝く人に留まる人に来る雁

鶏頭に後れず或夜月の雁

思ひけり既に幾夜の蟋蟀

過ぎし秋を夢みよと打ち覚めよとうつ

朝寒も夜寒も人の情かな

顧みる我面影やすでに秋

暁や夢のこなたに淡き

ぶら下る蜘蛛の糸こそ冷やか

肩に来て人懐かしや赤蜻蛉

渋柿も熟れて王維の詩集哉

つくづくと行燈の夜の長さかな

一叢の薄に風の強き哉

雨多き今年と案山子聞くからに

一つ枝に残りて烏哉