和歌と俳句

高浜虚子

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秋立つと驚いて去るを止むるな

七夕に古き行燈を洗ひけり

丁字落ちて暫く暗き燈籠かな

据風呂や走馬燈の灯の明り

へご鉢に大文字の火のうつりけり

朝顔のしぼりはものの鄙びたる

朝顔の一いろにして花多し

暁の紺朝顔や星一つ

鶏にくれる米なし蓼の花

地をすつて萩たのみなき野分かな

芋の葉や泥いささかの露の玉

とり出す納戸のものや蟋蟀

秋風や古き柱に詩を題す

つづけ様に秋の夕の嚏かな

菌狩隣の山へわたりけり

無花果に愚なる鴉来りけり

月の雲しどろの打ちも止めず

星落つる籬の中やうつ

草市やよそ目淋しき人だかり

盆過ぎの墓にまゐるや老一人

摂待や暫く憩ふ老一人

水うつて白雲おこる芭蕉かな

灯暗きの伏屋に戻りけり

蓑虫の父よと鳴きて母もなし

ニ三子の携へ来る新酒かな

店さきに人酔うて寝る新酒かな

灯明るき大路に出たる夜寒かな

稲塚にしばしもたれて旅悲し

三味置いてうち仰ぎたる花火かな

小提灯夜長の門を出でにけり

唐辛子乏しき酒の肴かな

推せば鳴る草のとぼその鳴子かな

送り火やかくて淋しき草の宿

露の宿ほ句を命の主客あり

ラムプさげて人送り出る夜寒かな

綿を干す寂光院を垣間見ぬ

子規逝くや十七日の月明に