和歌と俳句

加藤楸邨

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飛鳥仏懐中電燈の環のさむさ

しぐれんと腕欠仏真青なり

しぐれきて仏体は木に還りける

冬の蜘蛛眉間をはしり失せにける

黄檗の冬日しんかんたる石廊

堂さむし銅銭くわんと鳴りて落つ

ひたさむし冬の落暉の丘をはしり

紫宸殿何に音ある

身にしんと玉階をのぼる冬日あり

踏み鳴らす殿階の威犇と

殿上に貧書生わが咳ひびけり

ゆるやかに海がとまりぬ暖房車

暖房車黙せばいつも富士があり

プラタナス蹴らるる木膚凍てにける

換気筒のみがまはれり冬日の中

河をへだて人も歩めり冬木の中

冬の霧舟に嬰児のこゑおこる

冬の河われに嗅ぎより犬去れり

犬の面まことにたのし芝枯れて

冬の富士昼さむくして飢いたる

大理石寒夜の霧が来て曇る

だまり食ふひとりの夕餉牡蠣をあまさず

凍石を踏むとき慍あらたなり

ペン執るや落暉の指がさむくなる

石蕗咲けりいつも泥靴と並びたる