和歌と俳句

日野草城

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望月の夜を豊かなる湯に沈む

十六夜は見ざりき風邪の妻と居て

一歩出てわが影を得し秋日和

夏を経しいのちのどかに秋涼し

露けしと墓の間を歩きけり

露を見てしづかに四十八才なり

ちちろ虫女体の記憶よみがへる

肌寒やわが着る軍の黄土シャツ

秋の道日かげに入りて日に出でて

いつしかに老いづきし妻よ草紅葉

熟眠し暮秋嘆づることもなし

永劫の如し秋夜を点滴す

秋涼しわが躯は薄しいと軽し

咳の夜のわれを照らして秋蛍

病むひとのひげも剃られて秋祭

鵙が鳴き柿が輝き秋祭

着飾りて畦に佇ちをり秋祭

秋の雷仰臥の宙に激発す

叱られて雨を見てゐる妻の背

煮る前の青唐辛子手に久し

肌寒や浅き廂に月照りて

おのれ照るごとくに照りて望の月

末枯や身に百千の注射痕