和歌と俳句

日野草城

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こほろぎが蜜々鳴きて眠れざる

こほろぎや右の肺葉穴だらけ

妻が観てつぶさに告ぐる今日の月

更けそめし望月の夜の遠ピアノ

台風を経たるいのちのみづみづし

台風のあとしんとして月ゆがむ

常臥のわれに出でたる寝待の月

台風のあと金槌の音の日々

秋深し六十燭の裸の灯

台風来つつあり望の月照るに

秋暑し台風がぢりぢりと寄る

秋の灯の更くるけはひに風つのる

秋の灯につくづくと見てわが手老ゆ

われは仰向きちちろ虫は俯向きに

更けしラヂオ低くすちちろ虫よりも

ひと寝ねしのちの月夜やちちろ虫

をちこちにみなちがふ音のちちろ虫

深し遠き思ひ出あざやかに

咳き入りて身のぬくもりし夜寒かな

台風は寄りつつ月は太りつつ

こほろぎや句を考へる妻の顔