和歌と俳句

加藤楸邨

鉛筆で指さすの山脈を

人に税帰燕は帰る国ありき

大いなる冬日を負ひぬ遺児として

月さして獣のごとく靴ならぶ

ひとり見る夜寒の闇に指を立て

鉄うつ音石の髄まで冬色に

火を点ず雪の降りゐる女の瞳

髪がありき瞳がありき帰燕過ぎたりき

降りつむ音なきものはつひにかなし

膨らむ風船遠山冬の相を帯び

馬は馬冬嶺は冬嶺傷痍者ゆく

一歩前に幸あるごとく田掻馬

の舗道を冬の波郷が近づき来

子が駈けて野分に白き足の裏

鉄めざむ野分の火の粉土をはしり

遠き汽車落葉は堅き土に着く

一燈を消せば雪ふる夜の国

ふりつむ紺にして書の手重りす

餅の膨らみ俄にはげし友来るか

鯉うごく秤ははねて冬嶺へ

ふりふる最後の一片たりえんと

ハンマー振る頭を雪に振り反らし

なほ焦土雪の鞦韆ひとりこぎ

河豚の面湧いて思ひ出かきみだれ