和歌と俳句

加藤楸邨

千曲川脳裡のそれよりなほ冬澄む

冬の尾根追ひゆきて雲に漂はる

冬嶺に縋りあきらめざる径曲り曲る

あまりまぢか春嶺不安に似て青し

滴りて青嶺を指せる洋傘の尖

沓掛へ汽車は疾駆すほととぎす

雲は溢れ石をとられし蟻あふれ

稲負ふや左右にはしる山の翼

田植あと昼寝の蹠やはらかし

大野分深夜の富士の端が光る

路地の奥の海を過ぎたる冬の帆よ

笹鳴やひそめるものは胸をうつ

野分の森を越えんと鷺の身を細め

踏まへゐる末枯だけがあたたかし

マンホールの底より声す秋の暮

ねむれざる瞼の裏に雪降らす

鷲が見るわれのうしろの雪の町

兜虫死にたる脚が脚を抱き

息白く寝し子ペガサス軒を駈け

黴干すや売りしか焼きしか書乏し

かうかうと雪代が目に眠られず

雛祭る旅の畳を雲いそぐ

近づく睡り水に近づく牡丹雪

犬が抱きくふ春夕焼の麺麭の耳

笹鳴なつかし口に出かかる「終戦後」