和歌と俳句

中村草田男

母郷行

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かぶりものはきもの捨てて耕し初む

四月の詩銭妻つつましく市に食ぶ

落花の下酬はれざらむと妻に語る

花冷や明日へ急がんこころもなく

八重桜湯へ行く人の既に潔し

山ざくら父子の名前に蛇と龍と

金髪にちかき耕馬や瞳黒く

耕馬の日雲がよそほふ山の形

榛の芽や家の辺深田乾く音

白き胸あかきのどより燕の歌

野の農夫活かす血真赤か鯉幟

矢車の影や砌の上で舞ふ

母の日や大きな星がやや下位に

蝙蝠飛ぶよ己が残影さがしつつ

麦の秋答へたがつて長答

針仕事針先かすかな遠雲雀

金銀花妻子のためには酬はれたし

折鶴にとまりし蠅やいま健か

鰺を焼くにほひと暮るる「日めくり」と

つばめの歌結尾一音はじけたり

為し得る故に為さざる非行岩根薔薇

汗が糸ひく紅を血と拭きチンドン屋

チンドン屋前後の荷解き緑蔭

チンドン屋緑蔭に吐息紅脚絆

チンドン屋緑蔭いざ発巷入り