和歌と俳句

中村草田男

母郷行

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撫子や濡れて小さき墓の膝

撫子や母とも過ぎにし伊吹山

大阪の帰燕仰げば旅の声

わめく山々や世は揺れ移る

夾竹桃の空ぞ出自に復元せる

夾竹桃踊るよ無風の齢となりそ

日盛りの中空が濃し空の胸

一半永失一半成就す夏の月

古庭にさも定まりての道

海からの煙のにほひきりぎりす

錆びし銀船晩夏の東京港にごる

睡蓮点々主情の人の背高く

睡蓮沿ふ山路ゆきつつ文字つづる

西瓜赤し山骨南面雨乾く

野の町に古樹は根深し氷食ふ

多岐亡羊母情悼めよ百日紅

秋天一碧潜水者のごと目をみひらく

秋親し紺の法被の襟字さへ

瓢箪や大張り小張り赤児の声

二重虹末子に永く添ひゆかな

虹の心うすらぎ濃くなり父の心

亡母の薔薇開きぬ紅唇打ち

亡母の薔薇光の中はさびしきかな

くつわ虫のメカニズムの辺を行き過ぎぬ

夜天に虹見得るは不幸くつわ虫