和歌と俳句

中村草田男

母郷行

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いまさら春愁緑の旗の曖昧味

遠足ややつれし顔が真赤な師

母性ネットリ春日むさぼる緋のペンキ

花薺片々多忙にすぎゆく日

一匙一匙コーヒー飲む吾子間町

真夜を跳ぶいとどの音にあるしめり

細くひろく眼ひらき薄暑の芭蕉像

呼吸して居りし芭蕉が書きし字薄暑の気

花冠多々裏濃に薔薇の褪せ初めぬ

花棕櫚やなごむ余地なき一倒心

身一つふかく裂けつつ一飛燕

涅槃風廃墟にできし砂の類

葭切や建てつつ窓を備へつつ

ペダルからぬげし紅下駄村若葉

時計屋に指環赤玉村若葉

咲く山家ラヂオ平地の声をして

老紫雲英生路そのまま戻り路

銅像の片手の巻物万愚節

蚊帳は海色母をもつつむ子守歌

吾子の呼気をかおる吸気に共昼寝

埃一過に女の香あり夏の盛り

の路傍水銀色に舞ふをみな

豆腐ゆらゆら買ひ去る嫗夏の月

氷食ふやバスのステップすぐそこに

幼きをみな蜩どきの縞模様