和歌と俳句

中村草田男

母郷行

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ここの空は低くまろしと流れ星

七夕色紙松山夜風は更けてから

銀屏風母の遺骨も蚊帳外に

白蚊帳や遺骨傍居も最後の夜

夏埃立ちては故郷の地へ落つる

前後なきかなしみ炎天の太鼓の音

打水をただ仰山に市さわぐ

原爆忌母の信も十全ならざりき

旅人は汗も涙も独り拭きぬ

肉親の肉なき骨や炎天下

のがれ得ぬ一事や瞭然炎天下

私葬了りぬ正午のサイレン炎天へ

墓山より城山かけて天の川

ふるさとももの傾きて流れ星

朝顔や友等笑へば幼な顔

友も子の新盆参りの留守の下駄

夏座敷盆景の島も孤り島

話しつつ西日に乳母と後しざり

身をしぼる夕顔の蕾よ乳母さらば

法の池堕ちて溺るる蝸牛

道をしへ既往の方は暮色のみ

子が去ると九輪のそばに夏三日月

ひぐらしや故山深きへ探り入り

蜩や白岩に友とその妻と

かなかなや峡残光の露天碁に