和歌と俳句

種田山頭火

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今日の夜明の星とぴつたり

柚子をもぐ朝雲の晴れてゆく

秋日にかたむいてゐる墓場は坊さんの

雨がおちるいそがしい籾と子供ら

笠は網代で、手にあるは酒徳利

月夜あるだけの米をとぐ

死をまへに、やぶれたる足袋をぬぐ

晴れてきてやたらに鴉なきさわぐ

ほろにがいお茶をすすり一人である

身にせまり人間のやうになきさわぐ鴉ども

冷飯が身にしみる今日で

草もわたしも日の落ちるまへのしづかさ

荷づくりたしかにおいしい餅だつた

枯れた山に日があたりそれだけ

死にたくも生きたくもない風が触れてゆく

ここにかうして私をおいてゐる冬夜

独言でもいふほかはない熱が出てくる

さびしうなりあつい湯にはいる

こころむなしく風呂があふれるよ

焚くだけの枯木はひろへて山が晴れてゐる

人をおこらしてしまつて寒うをる

これがことしのをはりの一枚を剥ぐ

冬朝をやつてきて銭をおとした話

ふとめざめてらなみだこぼれてゐた

なみだこぼれてゐる、なんおなみだぞ

いつのまにやら月は落ちてる闇がしみじみ

うつとりとしてうれてはおちる実の音

冬蠅のいつぴきとなつてきてねむらせない

何を食べてもにがいからだで水仙の花

病めばひたたきがそこらまで

よびかけられてふりかへつたが落葉林

ひさしぶりにでてあるく赤い草の実

いよいよ押しつまりまして梅もどき

山があれば山を観る

村から村へ雨のふる日は雨を聴く

家から家へ春夏秋冬

一握の米をいただき

受用して尽きることがない

いただくほどに鉢の子はいつぱいになつた

椿の落ちる水の流れる

みそさざいよそこまできたかひとりでなくか

梅がもう春ちかい花となつてゐる

轍ふかく山の中から売りに出る

枯枝をひらふことの、おもふことなし

そこら一めぐりする椿にめじろはきてゐる

ふるさとなれば低空飛行の爆音で

たたずめば山の小鳥のにぎやかなうた

枯草に落ちる葉のゆふなぎは

ゆくほどに山路は木の実おちるなど

暮れてゆくほほけすすきに雪のふる

雪空おもたい街の灯の遠くまたたく

冬夜の水をのむ肉体が音たてて

ランプともせばわたしひとりの影が大きく