和歌と俳句

種田山頭火

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兵営の柳散らうとする騒音

秋の野へうごくのはタンク

旅も蓮の葉の枯れはじめた

蓮の葉のやぶれてゐる旅の法衣も

秋風の驢馬にまたがつて

朝はすこし萩のこぼれてゐる

空瓶屋空瓶だらけへ秋日がまとも

雑魚の列も水底の秋

朝がながれるままに流れてくる舟で

秋風の家をそのままうごかしつつ

かぼちやとあさがほとこんがらがつて屋根のうへ

秋空に雲はない榾を割つてゐる

卵を産んだと鳴く鶏の声が秋空

たたみにかげはひとりで生えた葉鶏頭

へたなピアノも秋となつた雲の色で

有明月夜の葦の穂の四五本はある

朝風がながれいる朝酒がある

朝からしやべる雲のない空

丸髷の大きいのが陽を浴びて

秋晴の日曜の、ルユツクサツクががるい朝風

向日葵日にむいてゐるまへをまがる

空ふかうちぎれては秋の雲

水底からおもく釣りあげたか鮹で

いながはねるよろこびの波を漕ぐ

葱も褌も波で洗ふ

足は波に、舟ばりに枕して秋空

雲のちぎれてわかれゆくさまを水の上

ぽつかりとそこに雲ある空を仰ぐ

仰いで雲がない空のわたくし

波の音ばかり波の上に寝ころんで

陽のある方へ漕いでゆく

煙幕ひろがつてきえる秋空

突撃しようする空は燕とぶ

タンクがのぼつてゆくもう枯れる道草

鉄兜へ雑草のほこりがふく

はてしない旅もをはりの桐の花

晩の極楽飯、朝の地獄飯を食べて立つ

朝がひろがる豆腐屋のラツパがあちらでもこちらでも

やつと糸が通つた針の感触

時化さうな朝でこんなにも虫が死んでゐるすがた

朝の土をあるいてゐるや鳥も

旅は空を見つめるくせの、椋鳥がさわがしい

また一人となり秋ふかむみち

この里のさみしさは枯れてゐる稲の穂

案山子向きあうてゐるひさびさの雨

案山子も私も草の葉もよい雨がふる

明けるより負子を負うて秋雨の野へ

ひとりあるけば山の水音よろし

よい雨ふつた朝の挨拶もすずしく

一歩づつあらはれてくる朝の山

ぐつすりと寝た朝の山が秋の山々

秋の山へまつしぐらな自動車で

あるくほどに山ははや萩もおしまい

まことお彼岸入の彼岸花

よべのよい雨のなごりが笹の葉に

道がわかれて誰かきさうなもので山あざみ

レールにはさまれて菜畑もあるくらし

山ふかく谺するは岩をくだいてゐる音

仕事は見つからない眼に蜘蛛のいとなみ

あれが草雲雀でいつまでもねむれない

旅のからだをぽりぽり掻いて音がある

はぎがすすきがけふのみち

ゆつくりあゆめば山から山のかげとなつたりひなたとなつたり

水が米をついてくれるつくつくぼうし

出来秋の四五軒だけのつくつくぼうし

かたまつて曼珠沙華いよいよ赤く

大地にすわるすすきのひかり

あほむけ寝れば天井がない宿で

ころもやふんどしや水のながれるままに

街のひびき見おろして母子の水入らずで

松に糸瓜も、生れてくる子を待つてをられる

カンナもをはりの、秋がきてゐる花一つ