和歌と俳句

種田山頭火

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晴れて風ふく春がやつてきた風で

日がのぼれば見わたせばどの木も春のしづくして

みのむしもしづくする春がきたぞな

木の実ころころころげてくる足もと

豚の子のなくも春風の小屋で

まがればお地蔵さまのたんぽぽさいた

遠山の雪のひかるや旅立つとする

影も春めいた草鞋をはきかへる

春がきてゐる土を掘る墓穴

これだけの質草はあつてうどんと酒

みちはいつしか咲いてゐるものがちらほら

風ふく日の餅がふくれあがり

水田も春の目高なら泳いでゐる

眼は見えないでも孫とは遊べるおばあさんの日なた

もう春風の蛙がいつぴきとんできた

夕ざればひそかに一人を寝せてをく

山から暮れておもたく背負うてもどる

日かげりげそりと年をとり

そこらに冬がのこつてゐる千両万両

地つきほがらかな春がうたひます

ゆふべはゆふべの鐘が鳴る山はおだやかで

鴉があるいてゐる萌えだした草

枯枝ひろふにも芽ぶく木の夕あかり

春の夜の街の湯の湧くところまで

つつましく大根煮る火のよう燃える

曇り日のひたきしきりに啼いて暮れる

風のなか酔うて寝るてゐる一人

木の芽、いつもつながれてほえるしかない犬で

つながれて寝てゐる犬へころげる木の実

春風のはろかなるかな鉢の子を

からりと晴れたる旅の法衣の腰からげ

生きてゐるもののあはれがぬかるみのなか

いつも馬がつないである柳萌えはじめて

猫柳どうにかかうにか暮らせるけれど

ぬくい雨でうつてもついても歩かない牛の仔で

焼芋やいて暮らせて春めいた

監獄の塀たかだかと春の雨ふる

病院の午後は紅梅の花さかり

ずんぶりと湯のあつくてあふれる

早春、ふけてもどればかすかな水音

春めけば知らない小鳥のきておこす

あたたかい雨の、猿のたはむれ見てゐることも