和歌と俳句

中村草田男

来し方行方

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春めく灯あすの人参けふ洗はれ

日まはりや永歎きしてうとまるる

来んとする雷雲を呼び誕生日

撥ねる汗鉄の赤き間短かさよ

父が呼ぶ緑蔭に入り眉ひらく

母がおくる紅きのうれしき風

健気さが可愛さの妻花柘榴

炎熱や勝利の如き地の明るさ

何事もなかりし如き日盛なり

風涼し雀にまがふ一市民

受洗の子朝顔厩咲き封じ

汐浴びの声ただ瑠璃の水こだま

汐浴びし人の賛美歌海広ら

外光や友亡き者の冬の旅

指細く耳朶薄し寒の旅の中

富士真白水車は小屋へ凍てつきて

雪嶺や肌幾重にもむすびあひ

屋上の雪へ灯おとし倉泊り

冬山くらしうつむき照らす五日月

倉に孤り茶色の冬灯亦孤り

渓音と炬燵のぬくさ絶え間なし

山の冬日射しきて鉢の中に開く

雪負うて倉へ戻りし猫おそろし

昼の闇得し猫の眼と冬ごもり

前山の橇の子眺め戸口の子