和歌と俳句

中村草田男

来し方行方

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悔いの声烏迹追ふ秋落日

虫に寝んとす友にはもはや寝起き無し

銀河の下ひとり栄えて何かある

桐一葉音たゆみなき鍛冶の音

冬水に沈む町影塔を欠く

赤きもの甘きもの恋ひ枯野行く

今朝九月草樹みづから目覚め居て

玲瓏人と真向きに山の顔

八ケ嶺のどの秋嶺を愛すべき

秋嶺は雲にまみれて野はその影

遠富士ならず近富士ならず昼の虫

富士坐して裳裾秋雲端を撥ね

アララギは武し其実は紅く小さし

秋富士やアララギ古木巨松抱き

耳張つて栗鼠走せ満目露の光

栗鼠失せての巨幹と老の杖

秋水や指の水輪の川手水

わが座より西秋山へ朝日かげ

花蕎麦や雲を千分けて日の霽るる

花蕎麦や日向の山はわが山のみ

古墓や南瓜の肌は粉ふきて

アララギは紅実老農白眉垂れ

秋の野路歩々に土から石の音

旅に居て曇れる午前初野菊