和歌と俳句

久保田万太郎

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よせ鍋の慈姑が好きや春の雪

春雨や浮間が原の昼のほど

永き日のやや風だちて曇りけり

風見えて朧の庭の広さかな

天麩羅をあげる仕度や花曇

灰神楽あげし掃除や花ぐもり

たちぎれになりし線香や花ぐもり

ふきあげの音ある庭や花ぐもり

屋根屋根の隙ある隅田や花曇

ゆく春やけふも花屋の早仕舞

暮れゆくや浮びて遠き春の雲

麗かにしるす参宮日記かな

麗かや紙の細工の汽車電車

麗かや枳殻垣と捨車

春浅き日ざしかげりし畳かな

屋根屋根を餘寒の雨の濡らしけり

春浅き鈍な剪刀をつかひけり

霜除に乾かぬ雨や春浅し

白足袋の爪先さむき梅見かな

新参や隣屋敷の夕ざくら

ゆく春やありのすさびのものおもひ

木瓜さくや遠く雑木とうちまじり

春月の赤きが枝にかかりけり

したたかに水をうちたる夕ざくら

宵浅くふりいでし雨のさくらかな

まなかひを離れぬ蝶や夏隣

ふりくらす雨ひえびえと躑躅かな

しばらくは桃のさかりを春の暮