和歌と俳句

久保田万太郎

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

猫の恋隈なく月の照つてをり

雛かざるなかに髪結来りけり

初ひひなみにゆく桃をかひにけり

春の雪岩石園にやんでをり

春の水遠く水銹にうもれをり

彼岸道いま踏切のあきしかな

蓮いけにふる春の雨佇ちてあり

木の芽晴すこし曇りて来りけり

月すでに上りてゐたる木の芽かな

陽炎や干潟づたひに一里ほど

大風のなかに蒲公英咲けるかな

仁王門長閑に人を通しをり

連翹に落花の風のいたりけり

庭ざくら連翹もつれ咲きにけり

連翹やたそがれそめし一ところ

花の山ゆめみてふかきねむりかな

花の雨竹のはやしのあかるしや

花の雨けさ瀬の音の遠のける

花曇鶯笛をふいてをり

縁先に見えていとしも遅ざくら

春惜む瀧の音どもきこえけり

くれそめて櫻としりし春惜む

春色やオールドパーの半ばほど

猫の恋火入りの月をおもふかな

冬にまたもどりし風や白魚鍋