和歌と俳句

種田山頭火

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ひとりであたゝかく餅ばかり食べてゐる

足音が来てそのまゝ去つてしまつた落葉

今日のをはりのサイレンのリズムで

けふも雪もよひの、こんなに餅をもらうてゐる

星空冴えてくる寒行の太鼓うちだした

落葉ふんで豆腐やさながきたので豆腐を

霜枯れの菜葉畑も春がうごいてゐる雨

ここでもそこでも筵織る音のあたゝかい雨

霽れそめて雫する葉のあたゝかな

あすもよい日の星がまたゝく

やうやく見つけた蕗のとうのおもひで

ふくろうないてこゝが私の生れたところ

雪へ雪ふる小鳥なきつれてくる

雪がふるふる火種たやすまいとする

雪のなか高声あげてゆきき

枯木の雪を蹴ちらしては百舌鳥

雪ふるゆふべのゆたかな麦飯の湯気

雪、街の雑音の身にちかく

雪の大根ぬいてきておろし

雪をふんで郵便やさんがうれしいたよりを

雪をかぶつて枯枝も蓑虫も

雪ふれば雪のつんではおちるだけ

あなたの事を、あなたの餅をやきつつ

雪ふりつもるお粥あたためる

いちにち胸が鳴る音へ雪のしづくして

ぶらりとさがつて雪ふるみのむし

雪つまんでは子も親も食べ

朝のひかりのちりあくたうつすりと雪

春がちかよるすかんぽの赤い葉で

雪をたべつつしづかなものが身ぬちをめぐり

をとことをなごといつたりきたりして雪

雪のあかるさの死ねないからだ

雪あかり「其中一人」があるいてゐるやうな

雪ふれば雪を観てゐる私です

ひとりで事足るふきのとうをやく

孤独であることが、くしやみがやたらにでる

雪がふるふる鉄をうつうつ

火の番そこからひきかへせば恋猫

更けて竹の葉の鳴るを、餅の焼けてふくれるを

焼いてしまへばこれだけの灰が半生の記録

雪あかりの、すこやかな呼吸

芽麦の寒さもそこらで雲雀さえづれば

冬ざれの山がせまると長いトンネル

冬ぐもりの波にたゞようて何の船

ここにも住む人々があつて墓場

家があれば田があれば子供や犬や

雪もよひ雪にならない工場地帯のけむり

ひさしぶり話せば、ぬくい雨となつた

あれもこれもおもひでの雨がひりかゝるバスで通る

花ぐもりの、ぬけさうな歯のぬけないなやみ

霜晴れほのかに匂ふは水仙

死にたいときに死ぬるがよろしい水仙匂ふ

寝るとしてもう春の水を腹いつぱい

月夜雨ふるその音は春

いちにち雨ふり春めいて草も私も

めつきり春めいて百舌鳥が啼くのも

ゆふ凪の雑魚など焼いて一人

寝床へまでまんまるい月がまともに

かうして生きてゐる湯豆腐ふいた

こどもはなかよく椿の花ひらうては

せんだんの実や春めいた雲のうごくともなく

椿ぽとり豆腐やの笛がちかづく

人間がなつかしい空にはよい月

やつぱり出てゐる蕗のとうのおもひで

其中一人」があるくよな春がやつてきた