和歌と俳句

長谷川素逝

1 2 3 4 5 6 7

苗床の月日の雨のそそぎつつ

芽出ぢべくただある土の日なたかな

菜の花の夕ぐれながくなりにけり

蛙田の水のたひらになほ暮るる

菜の花の暮れてなほある水明り

牡丹の花とうしろの壁との隔

牡丹の花もうしろの壁も冥し

麦の穂のおのおの濡れて日の出まへ

麥の葉の高さに朝の風はあり

菜殻焼くにほひに雨の落ちきし夜

菜殻火のおのがけむりを焦がし燃ゆ

療養の夜々をかはづのこゑつつむ

満天の星へかはづのこゑ畳む

しづかなる音のただ降る椎落葉

麦熟るる穂のおもたさの立ちそろふ

麦秋の日のしづまんとして全し

麦殻を焼く火の闇のなほはろか

僧坊を借りての月日実梅落つ

実梅落つ音の障子のうちに病む

実梅落つひそかな音の梅雨に入る

雨の日の障子ぐらさも臥さるのみ

土くれといはずあめつち梅雨に入る

長臥しの梅雨降る音の畳かな

目をつむり梅雨降る音のはなれざる

ありとあるものの梅雨降る音の中

畦ほそく濡れて代田の水たひら

代掻きの土のかたまり降るばかり

たひらなる水のひかりに掻かれし田

背戸の夜の水のはひりし田のにほひ

いちまいの水田となりて暮れのこり

梅雨夕焼こんにやくいもの葉にすこし

梅の木のもとに梅雨降る茗荷の葉

なが雨のある日のつばめ飛び溜り

十薬も梅雨のあがりし朝の日に

暮れてなほくちなしの花見ゆるほど

隔たりしこころかやつり草に降る

ひと来りひと去り竹の皮落つる

窓よりのひるの暑さのうごくなし

蝉しぐれま青と降らせ樹下の土

樹下の土蝉のしぐれに鏡なす