和歌と俳句

日野草城

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ひぐらしやうごかぬ水が暮れてゐる

さまざまにビルのむらだつ残暑かな

黒絹に肌のちらつく残暑かな

酔さめし女がくぐる九月蚊帳

めをとにはあらぬふたりの九月蚊帳

桔梗にけふのひかげの来て触れぬ

桔梗をひたしあさかげあふれたる

竜胆や高嶺の径の露じめり

高山の秀の竜胆は雲に触り

竜胆に容赦なかりし山の雨

レコードのちらりとかへす夜長の灯

長き夜の椅子むきむきに楽を聴く

秋夜曲たのし女も脚を組む

いまは亡きひとぞうたへる秋風に

長き夜や珈琲の湯気なくなりぬ

靴の音ややさしく来たる無月かな

おしろいの香のあたたかき夜寒かな

月の窓とざす手白くうごきけり

人往かず月光ビルの谿に満つ

大阪市今こそ眠れ傾ぐ月