和歌と俳句

久保田万太郎

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春休はじめてかけし眼鏡かな

宮島の競艇みたり春休

耽読す国木田独歩春休

こつねんと塔うかびたるかな

いたき歯をうつかり噛みし霞かな

目前に禍福もつるる弥生かな

尺八もけんくわ道具の弥生かな

何ごともあつけらかんと日永かな

煙突の日毎煙吐く日永かな

うららかやきらりとすぎし何のかげ

春暁やしらみそめたる床ばしら

春の夜やむかし哀しき唄ばかり

おぼろ夜や籠提灯の一つづつ

おぼろ夜のめぐる因果や浪花節

荒事の櫻、和事のやなぎかな

白酒の言ひたて花のふぶきけり

ゆく春のすぎてむなしき昨日かな

夕づつのひかり身にしむ二月かな

春雷やこのほど建ちしビル九階

春がすみ団十郎といふ名かな

夕日うくる塔となりたるかな

くもり日のひかり指に落つ櫻餅

にしき絵の古き匂やさくらもち

春の夕の灯のきらめきとなりにけり

春の夜の月のたまたま纎きかな