和歌と俳句

久保田万太郎

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いやなこと聞けば聞き腹日短き

日をつゝむ雲のいで来て枯柳

まぎれなき雪の絲ひく納豆かな

人情のほろびしおでん煮えにけり

がらす戸にはんけちかはき山眠る

屋根赤きわが家のみゆるみぞれかな

大空のあくなく晴れし師走かな

ゆく年やむざと剥ぎたる烏賊の皮

ゆく年やしめきりてきく風の音

ゆく年や風の落ちたる伊豆の空

ゆく年や蕎麦にかけたる海苔の艶

ぬかるみにとらるゝ下駄や冬日和

かつしかの返り花咲く日和かな

みづひきの枯れてみにくきしぐれかな

しぐるゝや番茶土瓶の肩の艶

停車場の柵どこまでもしぐれかな

短日や鳥居の笠木はやかげり

短日や弟子の髷きる師匠の手

短日や八丁堀の露地の中

庭石にはだれにさせば冬日かな

また人の惜まれて死ぬ寒さかな

しらたきと豆腐と買ひて冬ざるゝ

枯蓮の水来て道にあふれけり

玄関に写楽をかけて冬籠り

あかあかとおこりたる火や冬座敷