和歌と俳句

種田山頭火

前のページ< >次のページ

朝はつめたい煙草も分けてさようなら

なかなか寒い朝から犬にほえられどうし

崖にそうてきて曲れば蘭竹二株の早春

汽笛とならんであるく早春の白波

昇る日は春の、はいつてくる船出てゆく船

日が出るとあたたかい影がながう枯草に

早春のさざなみが発電所の石垣に

投げて下さつた一銭銅貨の寒い音だつた

春もまだ寒い街角で売る猪の肉で

きたない水がちろちろと寒い波の中へ

そこらを船がいつたりきたり岩に注連をかざり

鴎が舞へば松四五本の春風

あの娘がかあいさうでと日向はぬくいおばあさんたち

春めいた風で牛肉豚肉馬肉鶏肉

こんなに食べる物が食べる人々が

みんな生きねばならない市場が寒うて

背中流してくれる手がをさなうてぬくうて

冬木をくぐつて郵便やさんがうらから

かけごゑかけてかつぎあげるは先祖代々の墓

よい道がよい建物へ、焼場です

人影ちらほらとあたたかく獅子も虎もねむつてゐる

お産かるかつたよかつた青木の実

訪ねて逢へて赤ん坊生れてゐた

みちはうねつてのぼつてゆく春の山

これでも住める橋下の小屋の火が燃える

放送塔を目じるしにたづねあてた風のなか

さてどちらへ行かう風のふく

招かれない客でお留守でラヂオは浪花節

さんざ濡れてきた旅の法衣をしぼる

あんたとわたしをつないで雨ふる渡船

宿直室も灯されて裸体像などが

待たされてゐる水音の暮れてゆく

宵月のポストはあつた旅のたよりを

旅のたよりも塗りかへてあるポスト

金バス銀バス渡船も旗立てて春風に

海から風はまだ寒い大福餅をならべ

クレーンおもむろに春がきてゐる空

やたらに汽笛が鳴る どつしりと舫つた汽船

今日がはじまる 七輪の石炭が燃えさかる

バツト吸ひきれば重い貨物で

朝から安来節で裏は鉄工所

日向はぬくうて子供があつまる廻転饅頭

仕事すましてぶらさげてもどる太刀魚のひかる

枯葦に汐みちてくる何んにもゐない

こんなに帆柱が、春風の、出る船入る船

長屋の真昼はひつそりとホウホケキヨ

もうあたたかい砂の捨炭ひらふことも