和歌と俳句

久保田万太郎

10 11 12 13 14 15 16 17 18 19

長羽織著て寛濶の二月かな

春になほとほきおもひや針供養

老友といしくもいへりねこやなぎ

さりげなく咲きたるのさかりかな

雨がちにはや三月のなかばかな

きさらぎやしかへてあをき垣の竹

雪やみし日のさしてくるかな

鎌倉の松風さむき雛かな

春の雪卓燈昼をともるなり

鎌倉といひてもひろきかな

春泥や半丁ほどのあともどり

ものの芽のあるひは紅きあかざの芽

葉のつやを逃げてつばきのしろきかな

一ぱいに日のさしわたる日永かな

草餅や風にのりくる波の音

とりわけて沈丁に日の濃かりけり

ゆつくりと時計のうてるかな

ときをりの風のつめたきかな

かまくらによひどれおほき櫻かな

よみにくき手紙よむなり花曇

桃にそへて挿す菜の花のひかりかな

きりあめにぬるるつつじのつぼみかな

松の蕊むれて鳥の音へだてけり

ぬかあめのあかるき松のみどりかな

日食のすみたる藤のふさの垂り

ゆく春のうすき日もこそ立話