和歌と俳句

久保田万太郎

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人のよく死ぬ二月また来りけり

鈴の屋の土間眞つ暗や春しぐれ

うぐひすや口にだす愚痴ださぬ愚痴

三月や水をわけゆく風の筋

名物の無事よろこべるかな

春泥や芭蕉うまれし家のまへ

石段にふめよと落ちし椿かな

椿落つ三百年の苔の上

げんげ田の夕呼ぶ雨となりにけり

永き日やみのむし庵のわらぢ塚

遅き日や木の間となりし五十鈴川

はつ花や大佛みちの人通り

櫻餅二月の冷えにかなひけり

東をどりの柳の青みわたりたる

ぬかあめにぬるる丁字の香なりけり

春の夜の道聞直しききなほし

おぼろとはかかる菜の花月夜かな

花どきに間のなき朱の鳥居かな

咲き倦みし枝さしかはすかな

花の雨いのち大事にしたきかな

わらぢ塚花散りやまずあはれなり

鈴の屋の年ふる松に花散る

菜の花の黄のひろごるにまかせけり

親切のこもる茶熱し夕蛙

温泉の香来てつつめば赤きつつじかな

ゆく春やなげきのなさけなみだばし

故郷塚ゆく春ここにとどめばや

橋かかる遠景えたり春惜む