和歌と俳句

橋本多佳子

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縄とびをするところだけ雪乾く

日照るときの善意のかがやけり

大きな冬がジヤケツ毛ばだつ童女の前

笹枯るる明さ山中猫さまよひ

冬夜の霧馴れし道ゆく馴れし水音

冬日の髪茶色母わらが伝へし

冬の石乗れば動きぬ乗りて遊ぶ

めざむよりおのが白息纏ひつつ

対丈の着馴れし冬着に手足出し

はしばしより凍て髪を解きほぐしゆく

四方枯野たるを燈ともして忘る

天の青さ広さ凍て蝶おのれ忘れ

月明し凍蝶翅を立て直す

厚き氷の下にて泥の尾鰭もつ

絶対安静雪片の軽々しさ

絶対安静降りくるに息あはず

生るはよし静かなる雪いそぐ

枕上み枯れし崖立つ枯れはてし

まぶしひとと記憶のかさならず

きしきしと帯を纏きをり枯るる中

かじかむや頭の血脈の首とくとく

撃ちもたらす鴛鴦どこよりか泥こぼす

踵深き静塔のあと千鳥の跡

雪嶺が遠き雪嶺よびつづけ

鴨隠るときあり波に抗はず

霜柱顔ふるるまで見て佳しや

田に燈なし冬のオリオン待ちてゆく

炉火いつも燃えをり疲れゐるときも

みつみつと積る音わが傘に

十指の癖一と冬過ぎし手袋ぬぐ

群羊帰る寒き大地を蔽ひかくし

冬野かへる群羊に牧夫ぬきん出て

群羊に押され背見せて寒き牧夫

冬草喰ひ緬羊姙りにも従順

寒き落暉群れを離るる緬羊なく

ポケットに「新潮」寒き緬羊追ひ

寒き緬羊耳たぶのみ血色して

使い子走る昃ればすぐ風花して

風邪の眼に解きたる帯がわだかまる

除夜浴身しやぼんの泡を流しやまず

ひざ前に炉火立つ一切暮るる中

霜月夜細く細くせし戸の隙間

寒き肉体道化師は大き掌平たき足

寒き道化瞼伏せればキリストめき

いま降りし寒き螺旋階の裏が見え

月下に舞ふ照りてくもりて姥面

月に立つ桜間龍馬すでに素おもて

山路暮るる子が失ひし独楽ころがり