和歌と俳句

橋本多佳子

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沈み友禅寒水の流れゆるみ

鴨群の鴨翔つ従ひしは数羽

雪明りこゑももらさず餌場の

鴨毟る雪降らざれば止まぬなり

鴨浮寝はぐれし一羽降り来たり

はぐれ加はりすぐに夜の鴨

強白の息ぬくぬくと吉祥讃

人香に佛香勝てり吉祥会

炉より立ちひとりの刻をさつと捨つ

炉框の法形の方待ち時間

熾る炉火その上言葉ゆききする

ただ寒き壁大佛の背面は

冬晴の影ふかぶかと伽藍の溝

湖北に寝てなほ北空ののこゑ

心底より深空ゆるす冬泉

前燈に枯野枯道行方しらぬ

綿虫載せおのが手相をおのが見る

山火の夜光りもせずに溝流れ

紅と方向指示器吹雪の中の意志

雪とけて凍る靴底一直路

暗ふかく家裡見えて雪深道

病み勝つて日々木の葉髪木の葉髪

忘れゐし花よ真白き枇杷五瓣

綿虫の浮游病院の家根越せず

晴れて到る人の訃シベリヤ高気圧

退院車入りてまぎれて師走

藁塚が群れて迎ふる退院車

臥して見る冬燈のひくさここは我家

臥す顔にちかぢか崖のの牙

今日も臥す立ちはだかりて枯れし崖

綿虫の綿の芯まで日が熱し

冬日浴足の爪先より焼きて

髪洗ひ生き得たる身がしづくする

臥す平らつづき寒肥の穴ぽつかり

を踏み試歩の鼻緒をくひこます

厚氷金魚をとぢて生かしめて

もがり笛枕くぐりて遁げ去りぬ

崖下に臥て急雪にめをつぶる

養身や目鼻にからむ飯のゆげ

枯田圃日風雨風吹きまくり

話しゆく体温の息万燈会

万燈の誘ひ佳き道岐れをり

鬼の闇一文字深く溝の黒

我ら来て人気枯山三時頃

風花の大勢小勢待つ時間