和歌と俳句

橋本多佳子

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

溝乾く伽藍絶間あり

何あるといふや万燈のつゞきをり

行く方の未知万燈の火が混みあふ

万燈の一つが消えて闇あそぶ

万燈の万のまたゝき五十路よき

恍惚と万燈照りあひ瞬きあひ

一燈に執し万燈の万忘る

呼ばれしにあらず万燈の火のまどはし

万燈の闇にぬめぬめけものの膚

冬芒幡なす加勢子を発たす

遺身の香女帯の長さ冬日巻く

冬のこの身を寄せしあともなし

巌の黙石蕗の一花を欠きて去る

断崖の穂絮きらきら宙にあり

椿咲く冬や耳朶透く嫗の血

枕かへし冬濤の音ひきよせる

冬濤の壁にぶつかる陸の涯

遍路の歩岬の長路をたぐりよせ

に立ちおのれはためきや冬遍路

埼に立つ遍路や何の海彦待つ

遍路歩むきぞの長路をけふに継ぎ

遍路笠裏に冬日の砂の照り

遍路笠かぶりし目路にまた風花

冬の泉冥し遍路の身をさかしま

女遍路や日没る方位をいぶかしみ

女遍路や背負へるものに身をひかれ

孤りは常会へば二人の遍路にて

龍舌蘭遍路の影の折れ折れる

寒墨踏む蹠足趾ねんごろなる

すでに汚る墨工が眼に触れしのみ

墨工のわが眼触れざる側も汚れ

かじかめるまゝ蝮指墨を練る

雪の暮墨工の眼に墨むらさき

煤膚に隠れ墨工何思ふや

煤膚の墨工佳しや妻ありて

寒雀と墨工眼澄む夕餓ゑどき

墨工房さましわが香を畏れはじむ

墨工の黙つひに佳し工房去る

木枯に墨工房を狭く仕切る

油煙部屋四方を壁天窓あるのみ

北風より入り百の油火おどろかす

猟銃音殺生界に雪ふれり

雪はらはず鴨殺生の傍観者

鴨撃つと鴨待つ比良の飛雪圏

猟夫立つせでに殺生界の舟

雪中や絶対にして猟夫の意志

眼ばたきて堪ふ猟夫の身の殺気

猟人の毛帽雪つきやすしあはれ

鴨撃たる吾が生身灼き奔りしもの

鷺撃たる羽毛の散華遅れ降る

鷺撃たれし雪天の虚のすぐ埋まり

猟夫の咳殺生界に日ざしたり