和歌と俳句

橋本多佳子

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たんぽぽの花大いさよ蝦夷の夏

夏川や根ごと流るゝ大朽木

灯をめぐる大蛾のかげや蚊帳くらき

濃むらさきもぐ手そむかや茄子のつゆ

茄子もぐや草履にふみし草の丈

夏の夜や驟雨くるらし樹々の風

化粧ひしも我眉はけし夏の宵

夏寒しくれてつきたる山の駅

霧の港北緯五十度なり着きぬ

船航くに北海夏の日に照らず

波荒く港といへど繁り

樺を焚きわれ等迎ふる夏炉なり

フレップの涯なき野に雲流れ

フレップの実はほろにがし野に食ぶ

積雲も練習船も夏白き

南風つよし綱ひけよ張れ三角帆

百千の帆綱が南風にみだれなき

帆を統べて檣は南風の天に鳴る

白南風や練習船は舳にも帆を

練習生帆綱の上ぞ南風に堪へ

南風の船並み帆の上に帆を張れる

練習船白南風の帆を並めて航く

若人等幾日ぞ南風鳴る帆の下に

巻き雲が尾をひき並び夕焼けぬ

月見草地の夕焼が去りゆきぬ

月見草雲の夕焼が地を照らす

高波のくだくる光り月見草

月見草闇馴れたれば船見ゆる

白波の沖よりたてり波乗りに

波乗りに青き六連嶋が垣なせり

波に乗れば沖ゆく船も吾に親し

波の乗り陸の青山より高し

波に乗れば高波空を走るなり

波乗りに暮れゆく波の藍が濃き

龍舌蘭咲きて大きな旱来ぬ

龍舌蘭灼けたる地に葉を這す

高き葉ゆ蜥蜴の尾垂り龍舌蘭

龍舌蘭の花日輪を炎えしめぬ

龍舌蘭旱天の花驕り立つ

龍舌蘭夏天の銀河夜々濃ゆし

牡丹照り二上山ここに裾をひく

牡丹照り女峰男峰とかさなれる

牡丹照り廚の噴井鳴りあふる

花舗くらく春日に碧き日覆せり

薔薇欲しと来つれば花舗の花に迷はず

薔薇を撰り花舗のくらきをわすれたる

花舗いでゝ街ゆき薔薇が手にまぶし

病院の匂ひ抱ける薔薇のにほひ

薔薇にほひあさきねぶりのひとがさめぬ

激戦のあと夏草のすでに生ひぬ

船長も舵手も夏服よごれなき

羅針盤しづけし雷火たばしるに

地下涼し炎日の香は身に残り

電気時計涼しき地下の時を指す

走輪去り地下響音を断ちて涼し

闇に現れ鵜篝並めて落し来る

のあはれ鵜縄の張ればひかれたる

篝もえ舳のつかれ鵜を片照らす

あぢさゐの夕焼天にうつりたる

蝙蝠は天の高きに飛びて焼けぬ

蝙蝠は夕焼消ゆる地を翔くる

蝙蝠の飛びてみとりの燈も濃きよ

蝙蝠を闇に見たりきみとる夜半

霧あをし紫陽花霧に花をこぞり

霧ごもり額の濃瑠璃が部屋に咲く

炉火すゞし山のホテルは梁をあらは

霧にほひホテル夕餐の燈がぬくき

百合にうづみ骸の髪生きてゐる

百合匂ひ看護婦は死の髪を梳く

百合そへしなつかしき死の髪に触る

若人の葬ぞ炎ゆる日をかゝげ

母に遺す一高の帽白き百合