和歌と俳句

橋本多佳子

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いとけなく植田となりてなびきをり

梅雨の藻よ恋しきものの如く寄る

厚板の帯のより過去けぶる

海南風死に到るまで茶色の瞳

あぢさゐが藍となりゆく夜来る如

蟇いでて女あるじと見えけり

更衣水にうつりていそぎつつ

ひと聴きて吾きかざりしほととぎす

衣更雀の羽音あざやかに

罌粟ひらく髪の先まで寂しきとき

ほととぎす新しき息継にけり

あぢさゐやきのふの手紙はや古ぶ

麦秋や乳児に噛まれし乳の創

麦刈が立ちて遠山恋ひにけり

雀斑をとめ野の麦熟れは極まりし

麦束をよべの処女のごとく抱く

菜殻火は妻寝し方ぞ沖の漁夫

青梅の犇く記憶に夫立てり

百合折らむにはあまりに夜の迫りをり

何うつさむとするや碧眼万緑

黴の中一間青蚊帳ともりけり

濡れ髪を蚊帳くぐるとき低くする

松高き限りを凌霄咲きのぼる

僧恋うて僧憎しや額の花

こがね虫朝は殺さず嘆きけり

翡翠の飛ばねばものに執しをり

夫恋へば吾に死ねよと青葉木菟

くらがりに捨てし髪切虫が啼く

髪切虫押へ啼かしめ悲しくなる

うつむきてゐるは髪切虫と遊ぶ

わがそばに夜を猫が啼かし啼かし

青みどろ蛇ゆきし跡さらになし

蟻地獄孤独地獄のつづきけり

断崖へ来てひたのぼる蛍火

蛍籠昏ければ揺り炎えたたす

水鶏笛吹けばくひなの思い切

走りとゞまりて走り蟻に会ふ

隠るゝもの青蛇の尾のなほ余る

人来るひとり蜈蚣を押へゐれば

毛虫焼く焔が触るるものを焼く

愛されずして油虫ひかり翔つ

熱砂ばかりもし青蜥蜴失なはゞ

日盛りや脚老い立てる一羽鶴

甲虫しゆうしゆう啼くをもてあそぶ