和歌と俳句

橋本多佳子

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毛糸編む老の刻々打ちこみて

汽罐車のよこがほ寒暮裏日本

雪の駅ピアノ木箱を地膚の上

野の雪雲集りて仕へて白大山

駅炉の煖盗む白鳥行に暮れ

白鳥を恋へる眼に鳶鴎翔つ

風颯々白鳥の鋭目切れ長に

尻重き翔ちざまの鴨白鳥湖

白鳥渡来日本の白嶽痩せ

雪嶽越ゆ白鳥の白勝ちて

日の寵は白鳥にのみ鴨翔ける

漁る白鳥主婦は下身に雪の泥

「レダ」の白鳥出雲白鳥像かさね

低雲の一日駅夫と白鳥と

月ある闇白鳥光は寄りあひて

楫の音夜目の白鳥追はれゐる

一夜吾に近寝の白鳥ゐてこゑす

万燈の低きに混めりわが来し方

歩み高まり万燈の高まりゆく

万燈の夜を遠吠えの小稲妻

万燈の明り流水石底見せ

万燈籠地に焚ける火は焔裂き

万燈籠とぎれてそこは渓の暗

万燈の廻廊のその赤光寂び

万燈やおのれ徹して一流水

裾の寒さよ万燈下の暗さよ

一掴み落葉を置けば水急ぐ

みな聳ちて冬山那智に聚まれる

冬山中いま暮る滝に会ひ得たり

滝凍てしめず落下すなほ

全山の寒暮滝壺よりひろごる

冬の旅滝山に入り滝尊む

滝を神としとどろくものとし禰宜かがむ

冬滝の天ぽつかりと青を見す

滝山を出づる沖には冬白浪

触らねば蘆火おとろふ刈蘆原

蘆刈がもの喰へば鋭刃やすらへり

妻遠し蘆原広し蘆刈男

蘆刈の姥の重腰鎌させば

枯蘆中すでに枯蘆退路断つ

この風にこの枯蘆に火かけなば

廃戒壇あれば高まり野の穂絮

夕冴ゆる雪嶺ちりめん織られゆく

灰削げば真紅な炭火ちりめん織る

冬日移るちりめん白地一寸織られ

機絲の凍て柔指にほぐれ出す

ちりめん織る冬の一日の時間の量

寒き光織子の頬の総生毛

絲の継傷ちりめんの白地冴え

織子寒し千の縦絲一本切れ

凍て機の縦絲を掻き鳴らして検る

雪嶺下藍つぼ紅つぼ深し深し