墨染の 衣手そぼつ もの思ひに おぼつかなくは なりにけるかな
須磨のあまを しるべと思へば わたつ海の 底のみるめは うたがひもなし
命をば あだなるものと ききしかど 憂き身のためは ながくぞありける
あひみても あはでもつひに 別れぬる しばしばかりの 世をな恨みそ
われならぬ 人にとくなと 結びおきし 君がしたひも ゆるすなるかな
結ぶとも 解くとも知らで したひもの よに乱れつつ ものをこそ思へ
後撰集・恋
つれもなき 人にまけじと せし程に 我もあだ名は 立ちぞしにける
あまならで 底の玉藻も かづくなり 今はみるめの 方をたづねよ
しほなれの あまにあらねば いさやまた みるめ刈るらむ 方も知られず
ちはやふる 神の心は たがふとも なほねぎごとは たのまるるかな
ちはやふる 神もしりにき ゆふたすき しめのほとかく 離れざらなむ
ひとりぬる 床は草葉に あらねども 秋くる宵は 露けかりけり
わすれじの ながきためしに 頼めこし 浜の真砂や 数へ来ぬらむ
浅茅生の とこの淀のの 荒れしより 我もなつなの 何とかはみむ
新古今集・恋
短夜の 残り少なく 更けゆけば かねてもの憂き あかつきの道
花さかぬ 梅の立枝も わがごとや 年のこなたに 春を待つらむ
葛城や 久米の継橋 つぎつぎも 渡しもはてじ 葛城の神
葛城や 久米の継橋 ならなくに 渡しはやまじ 久米のかけぢに
明けぬとや こころみ待てば 来にけれど まだ深き夜の わたりなりけり
みな人の 掬びて過ぐる 山の井に わがうちとけて 影をみえぬる