墨染の袖はよそなる花の色を人のためにも猶惜しむかな
続後撰集・夏
卯の花の浪のしがらみかけそへて名にも越えたる玉川の里
よそながら今日の日吉の祭りにも賀茂のみあれの葵なりけり
なぐさむる方なからまし夏の夜をあはれにもとぶほととぎすかな
みくりくる筑摩の沼のあやめ草引けどつきせね根こそありけれ
かるもかくぬたのこひぢに立つ田子は早苗よりこそ添水なりけれ
ますらをは幾夜ともしに迷ふらむ火串もしでの山はあらじを
さつきこそ花たちばなも匂ひけれ春を暮れぬと何惜しみけむ
ながむれば心もつきぬ行く蛍まどしづかなる夕暮れの空
やまがつのふせやの庭の蚊遣火も煙はおなじ雲となるらむ
はちす咲き水さへ匂ふ夕暮れはみをかへてみる心地こそすれ
冬閉ぢし岩戸あけても氷室守夏はとほさぬ関ぢなりけり
たまほこや石井の清水手に掬びかくても夏は過ぎぬべきかな
みなかみに秋や立つらむ禊川まだ宵ながら風のすずしき
秋の来るあかつき方と思ふよりやがて露おく苔の袖かな
契りけむ秋のはじめよ天の川こころもふかし星合の空
身にしむる秋とは萩の名なりけり露に花咲き月に鹿鳴く
をみなへし色にめづとはいひながらさのみや野邊の露にしをれむ
出でにけり入る野の原の初尾花たれか枕にしなへてもせむ