和歌と俳句

久保田万太郎

16 17 18 19 20 21 22 23 24 25

みかんむく指にのこりし寒さかな

浅草の秋はなやかにゆくをみよ

このところ豆腐づくめや暮の秋

棚経の僧に夕かげそへるかな

燈籠に海山とほきおもひかな

黄泉の火をやどして切子さがりけり

ひぐらしやいよいよ雨のふりつのり

秋ぜみの耳をはなれず鳴きにけり

日曜のまためぐり来し芙蓉かな

赤坂福吉町芙蓉の咲けるかな

姉夏子いもうとくに子芙蓉咲く

日曜は人通りなき芙蓉かな

あさがほやはやくも夢で逢ひし縁

またあとにとりのこされしかな

しらつゆのうつりゆく刻うつしけり

露に、つゆに、露にうもるゝものばかり

待宵やかの実朝の伊豆の海

石段を下りわづらふや今日の月

十六夜やおもひまうけぬ雨となり

ひやゝかにふたゝびえたるいのちかな

息ぎれのしづまるまでや秋の風

秋風や花鳥諷詠人老いず

病室のあけくれなれど秋の暮

秋の暮ひそかに猫のうづくまる

月いまだ山をでて来ず秋の暮

病院がわが家の秋の夕かな

庭木刈る氷川神社のまつり来と

庭木刈つてみゆる東京タワーの灯

ぼけの實の二つ三つ四つ秋しぐれ