和歌と俳句

種田山頭火

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飯の白さの梅干の赤さのたふとけれ

風吹きつのる草原の鳴きつのる

鳴く虫のひとつ店の隅にて更けてあり

木の実に伸ばすその手伸びきつたり

水はみな音たつる山のふかさかな

あかあかと火を焚く人のなつかしや

生きもののいのちかなしく日向へいでし

汗を拭くわが肌なればいとほしく

店番まいにちほつかりと百合が開いたり

夜のふかさの百合の香のいよいよふかく

朝の雨青葉も濡れつ私も濡れつ

山の青さをまともにみんな黙りたり

炎天せまるわれとわが影を踏み

炎天の学校の銀杏いよよ青く

一つ咲けり一つ萎るる鉢の花

店を仕舞うて坐れば百合も匂ふなり

でこぼこの道を来てさびしうなりぬ

妻を子をおもふとき水音たかく

木の実ぽつとり雨晴れし大地明るく

ゆられゆられて来し窓の海寒う暮る

土のかたき踏み鳴らしつつふる郷へ来ぬ

ふるさとや小犬しきりにこちを見る

焚火よく燃えふるさとのことおもふ山

一すぢの煙悲しや日輪しづむ

星空の冬木ひそかにならびゐし

大地より湧きあがる水をよよと飲む

人の汗馬の汗流るるままに

労れて戻る夜の角のいつものポストよ

霧ぼうぼうとうごめくは皆人なりし

電車路の草もやうやく枯れんとし

悲しみ澄みて煙まつすぐに昇る

電車終点ほつかりとした月ありし

光あまねく茶の木には茶の花咲いて

雪ふる中をかへりきて妻へ手紙かく

とんぼ捕り捕るその児のむれにわが子なし

蚊やり線香のけむりますぐに子をおもふ

ほころび縫う身に沁みて夜の雨

生き残つた虫の一つは灯をめぐる

夕日の竿にならんでとんぼうつつなき

お日様かたむきとんぼの眼玉がひかるぞい

秋風の街角の一人となりし

ひようひようとして落つる葉のあり鴉ありく

遊び倦いた子供らにさみしい落葉

噛みしめる飯のうまさよ秋の風

おとなりの鉢木かれがれ秋ふかし