和歌と俳句

種田山頭火

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ま昼の花の一つで蝶々も一つで

かどは酒屋で夾竹桃が咲きだした

朝風の草の中からによこりと筍

ゆふ空ゆたかに散りくるはあざみ

ほんに草の生えては咲く

うらは藪で筍によきによき

水田たたへてつるみとんぼがゆふ日かげ

雲雀が空に親子二人は泥田の中

鍋や茶碗や夜つぴて雨が洗つてくれた

ここでもそこでも馬を叱りつつ田植いそがしい

叱つても叱られても動かない馬でさみだれる

人がきて蠅がきて賑やかゆふべ

どうにもならない人間が雨を観る

負うて曳いて抱いてそして魚を売りあるく

山はひそかな朝の雨ふるくちなしの花

子供が駈けてきて筍によきりと抜いたぞ

赤い花や白い花や梅雨あがり

降つて降つていつせいに田植はじまつた

花さげてくる蝶々ついてくる

酔へばはだしで歩けばふるさと

さみだるるや はだしになりたい子が はだしとなつて

なんとよい月のきりぎりす

はだかで筍ほきとぬく

竹にしたい竹の子がうれしい雨

ならんで竹となる竹の子の伸びてゆく雨

竹となりゆく竹の子のすなほなるかな

山から山がのぞいて梅雨晴れ

月夜の青葉の散るや一枚

もう一めんの青田となつて蛙のコーラス

がつがつ食べてゐるふとるところされる豚ども

街はうるさい蠅がついてきた

ついてきた蠅でたたき殺された

風ふくとんぼとまらないとんぼ

この家があつてあの家がなくなつてふる郷は青葉若葉

青田はればれとまんなかの墓

青草をふみ鳴らしつつ郵便やさん

ほろにがさもふるさとにしてふきのとう

朝風のトマト畑でトマトを食べる

うらへまはる 私ととんぼと ぶつかつた

植ゑた田をまへにひろげて早少女の割子飯

田植もすましてこれだけ売る米もあつて

足音は子供らが草苺採りにきたので

夕凪の水底からなんぼでも釣れる

露けき紙札『この竹の子は竹にしたい』

おいとまして葉ざくらのかげがながくすずしく

木かげあれば飴屋があれば人が寄つて

ま夏ま昼の火があつて燃えさかる

大橋小橋、最後のバスも通つてしまつて

バスの挿花の、白百合の花のすがれてはゐれど

あれからもう一年たつた棗が咲いて