和歌と俳句

水原秋櫻子

十津川のみなもと瀧ぞ葛を打つ

葛咲くや濁流わたる熊野犬

ひぐらしや熊野へしづむ山幾重

むささびの翔けわたる瀬や天の川

早稲負うて熊野の神を拝み過ぐ

青淵の嵐や落つる栗多し

蟷螂の溺れゆくなり流し釣

大塔川盆供ただよふ瀬々の雨

盆路の猪垣越えてなほ遠し

むささびや夜霧吹き入る手打蕎麦

霧騒ぎむささび騒ぐ手打蕎麦

鰤網を敷く海くらし石蕗の花

浦曲まで月夜くまなし鴨わたる

逆落す鶫の群や霧の穴

咲くや家ぬちくらき太柱

こほろぎや桑の香浸みし飼屋下駄

栃餅や天間より下りて炉のほとり

山月や居待とうふもいと更けて

日いづるや月照るや白樺の影ばかり

鯉落ちて奔流しぶく下り簗

末枯や暮れて着きける簗の家

虫絶えて簗に雨ふる落鰻

竹生島ちかく淡しや菊月夜

末枯の瀬波や簗に声をあぐ

沢蟹の榧の実運び尽くしけり