和歌と俳句

竹下しづの女

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月見草勤労の歩のかく重く

朝の路水より素し蟻地獄

蟻地獄寸刻吝しき歩をはばむ

颱風は萩の初花孕ましむ

夏潮は白し母と子相距て

秋風をそびらにいそぐ家路かな

人膚に肖てあたたかき枯木かな

秋の雨征馬をそぼち人をそぼち

焦げし頬を冷雨に打たせ黙し征く

秋雨来ぬ重き征衣を重からしめ

水鳥に兵営の相ただならじ

夜ぞ深き葦を折りては北風叫ぶ

夕日赫つと枯野白堊にぶつかり来

寒鮒を堕して鳶の笛虚空

降霜期耕人征きて家灯らず

青きネオン赤くならんとし時雨る

鉄扉して図書と骸の歳と棲む

用納めして吾が別の年歩む

家事育児に疎まれて我が年いそぐ

悪妻の悪母の吾の年いそぐ

年立てり家政の鍵の錆ぶままに

花吹雪く窓をそがひに司書老いたり

寮の子に樗よ花をこぼすなよ

汝に告ぐ母が居は藤真盛り

路幽く椿の紅を燃えしめざる

茅萌え芝青み礎石にかしづける

茅に膝し巨き礎石の襞に触る

が鳴くゆゑ路が遠きなり

苺ジヤムつぶす過程にありつぶす

苺ジヤム甘し征夷の兄を想ふ

苺ジヤム男子はこれを食ふ可らず

蚊の声の中に思索の糸を獲し

苔の香のしるき清水を化粧室にひき

女人高邁芝青きゆゑ蟹紅く

階高く夏雲をたたずまはしむ

田草取に鏡の如き航空路

葦咲いて夏をあざむくゆふべあり

刈稲の泥にまみれし脛幼し

寒波来ぬ月光とみに尖りつつ

寒暴れの門司の海越え来し電話

片頬にひたと蒼海の藍と北風

埋火や今日の苦今日に得畢らず

かたくなに日記を買はぬ女なり

旅人も礎石もも降り昏るる

埋火に怒りを握るこぶしあり

宝庫番と暮れてまかるや初詣

ちりひぢの旅装かしこし初詣

初富士の金色に暮れたまひつつ

傷兵の白ければいや白く

散るにかざし白衣の腕なり