和歌と俳句

木村蕪城

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胼痒し鉛筆をもて掻くことも

藁打つや雪間の土に膝ついて

いとけなき膝さしむけつ藁仕事

節分の熱き炬燵に宿直す

寒明くるとて垢面の一教師

三月の日輪わたる氷湖かな

法粥や芍薬隠り竈燃ゆ

夏の風邪田水明りに臥しにけり

田植祭のあまりの供物教卓に

わがめとりひそかにあしたすずしきに

焼畑をはひずり蕎麦を蒔けるかな

笹の実に糅てんと摘むや夏蕨

一壺酒のたくはへありて茸焼く

祭なり暗き提灯黍にかけ

鰯雲けふの日附の友の文

鰯雲読みし葉書は手に白し

岨高く構へし月の一戸かな

無月の灯漏るる田毎の伏屋かな

宿の子や居待の月に子守唄

炉辺より梯子段あり月の寺

更級にとなりて月の麻續の里

遠不二に稗の抜穂をかかへ佇つ

富士まとも簷の葡萄の末枯に

はこばるる師の御杖も紅葉冷え

早発ちの炉辺に吹き入る山の霧

榾煙るなかに目覚めて旅を次ぐ

萱束を立てかけしのみ冬構

鏝さしてぬるき炬燵よ妹が宿

炉框に仕事はじめの矢立おく

氷る響幾夜にわたりつる

夜勤めの雪沓に雪きしむなり

蓼科へ傾く廂大雪解

機窓を開けて諏訪湖の氷解

水晶の商談壺に梅一枝

霧捲くと見る間も花に夜明けゆく

春の榾二三把おいて産屋めく

わが宿の八十八夜産湯焚く

拭き込まれ五月冷たき炉の板間

皐月富士のぞむ庵の炉塞がず

郭公の声のあけくれ吾子育つ

神棚の早苗からびしまま病めり

はしちかく水鶏月夜の文机

夏炉ありほそぼそとしてわがたつき

端居して勤終へたるにはあらず

夜学教ゆ望なることをおもひつつ

山の子に夜学教へて住みつきぬ

みづうみの月明るきに馴れて住む

信濃なる一つの月に相逢はず

初鴨に沼波たたみたたむなり

鴨あまた浮かべしや諏訪の神

沼霧の立ちのぼるより稲架の雨

稲かけてあたりの家に人かへる

菜洗ひを終へひつそりと村はあり