和歌と俳句

木村蕪城

1 2 3 4 5 6

蓼科の春雪霏々と馬の仔に

木々の芽の固し煙突白き町

汲水のしらじらと花遅き宿

法華経の一品を手に花疲

ひとり来て花見るこころ虔しき

晩春のけづり細めし畦をゆく

さはくるみ花垂るる畦塗りにけり

田掻馬あがるや仔馬かけよりぬ

畦もどる親馬仔馬ほととぎす

嶺のあやめ折るや虚空に色流る

木苺を天のあかるさにゐて食ひつ

巴旦杏落ちゐる道へ山下る

山守が雑誌に挟む風邪薬

いのち生きてここの夏炉に戻り来し

母みとる未明の銀河懸るなり

そびゆるは甲斐善光寺葡萄園

蚊帳はづす夜明は早稲の香に満つる

鮠に石擲ちゐしが又泳ぐ

霧はげし通草したたか得てかへる

むくやよべは茸を選りし灯に

夜学果てて黒板に書きのこすこと

菊の宿夜は炬燵のあたたかく

草枯のそこらまぶしく鞄置く

客泊めて夜深くう粗朶を折る音す

山迫り来て飛ぶ雪や初詣

一茶の墓埋む雪われ転ぶ雪

炉話は弥太郎のこと仙六のこと

一茶の像ちひさしこれに鏡餅

きさらぎや白うよどめる瓶の蜜

沼の香のただよひそめて来る

日曜の教師ひねもす木の芽風

祭の日教師おるがん弾き籠る

明易し馬仕立てゐる前をゆく

母の粥炊きにもどる娘麦の秋

一輪の桔梗とおく教案簿

おるがんの鳴らぬ鍵ある夜学かな

膝抱いてとのゐの教師雨の月

十五夜と黒板に書きしるすのみ

ひとつ歌うたひつづけて木の実山

校庭の十三夜月踏みもどる

天高し身弱くして気負ふかな

天高しわがこころざしよみがへる

これよりの信濃の冬に耐へまさむ

厨には南瓜切る音炉を開く

穫入れしものそくばくに紅葉晴

よそびととうとまるる身を除夜の炉に

下伊那の水あたたかに冬至梅

雪沓を欲しとおもへる勤かな