和歌と俳句

石田波郷

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病む六人一寒燈を消すとき来

手術附添黒襟巻に頚つつみ

水仙花附添妻の夢つよし

離れて遠き吾子の形に毛糸編む

病室の八隅のひとつ水仙凍つ

寒夕焼ひかがみに手を挟み臥て

我が病臥足袋脱ぐ妻の後ろむき

枯木道死なざりし影徐かに曳く

枯蔓を踏む感触も過ぎかねつ

神の皿寒暁の痰ががと喀く

希望は褪せぬ冬日にかざす痰コツプ

痰コツプ凍てしを誰に訴へむ

七百の患者等にけふ来るや

清瀬村医療区に鐘降り出す

綿蟲やそこは屍の出でゆく門

寒林を月跳ね出でてわたらふも

乙女の声して寒林を屍行く

寒禽を屍の顔仰ぎゆく

寒林は火焚けり屍行きし後

寒林の遠くに行きて挽倒す

白き手の病者ばかりの落葉焚

妻の目や寒夜ベツドの下に臥て

凍蝶や妻を愛さざる如病み臥す

朝雲や寒林すでに屍が通り

寒むや吾がかなしき妻を子にかへす

冬日低し吾と子の間妻急がん

父無き冬子等は麒麟を始めて見き

深む冬林檎を賜ふ林檎の上

屍行き紅襟巻の夫人蹤く

出で行くはむしろ不安の眞冬の道

不眠者のベツドきしみて枯木星

雪ともならずいよいよ暗く昏みゆく

透く林紅襟巻の遠く垂れ

一輪挿し転び溢れて氷りをり

枯野道癩園へゆくと知りて居り

寒き川癩園遠く急ぎゆく

森なせる遠癩園へ冬日ゆく

黒き森の冬の癩者等食絶つや

冬の日や乳呑み麺麭食ふ自が爲に

妻恋へり裸木に星咲き出でて